ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜
Dracordia (by LittleMaggie)
Translation by Nessa F.
第 2 章 付添婦
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その日のうちに、ナルシッサは住み込みの付添婦の斡旋を申し込むべく、魔法省を訪れた。無造作にまとめた髪の下から覗く青白いこけた頬を、冷たく乾いた秋の空気が刺激していた。肩口から黒いショールにかけて、くすんだ褐色の縮れた巻き毛がこぼれ落ちている。上品だがぞっとするような灰色の、起毛がひしゃげたベルベット生地のドレスを着て、茶色い革手袋を嵌めていた。魔法省の建物に足を踏み入れながら、彼女はショールを外して引っかかっていた落ち葉をふるい落とした。室内はぽかぽかと暖かく、壁際に沿って並んだ背の高い金色のロウソク立てからの、ほのかな黄金色の灯りに照らされていた。
天井からは堂々たるシャンデリアが吊るされ、ワックス掛けの不充分な床の上に、淡い黄金色の巨大な円を映し出していた。ナルシッサは足元に広がる明るい蜃気楼の上に暗い影を落としつつ、部屋を横切って受け付けにたどり着いた。フロント・デスクの上は書類に埋もれ、そのそばには見るからに凡庸な、全員が六十歳を超えていると思われる数十人もの男たちが座っていた。彼らは、面談の取り決めや待合室にいる人々への書類の手渡しなど、比較的重要度の低い用件の処理係だった。肩の上に銀髪をたてがみのように垂らした老人がナルシッサを見上げるなり、眼鏡をいじくりまわしはじめた。
「なんと! マルフォイの奥様ではありませんか」
やがて彼は立ち上がって、手を差し出した。ナルシッサは相手が差しのべている骨ばった身体の一部をまじまじと見てから、不機嫌な表情でそれを握り返した。
「わたくしは重要な用事でまいっておりますのよ」
「まあまあ、奥様にもご子息にも、ずいぶん長いことお会いしておりませなんだ」
シャンデリアの光が老人の名札を照らし出した。サミュエル・R。ではこの男が、ルシウスがよく話していた、ルシウスのかつての使い走りだ。しかし今サミュエルを見る者は誰しも、この老人が一流の受け付け係として、この役職が存在しはじめて以来ずっと過ごしてきたのだろうという印象を抱くに違いない。彼は、長年にわたってひとつの仕事を勤め上げてきた年配の人間のみがまとう、気取った優雅さを身につけていた。
「ドラコ坊ちゃんはいかがお過しですかな?」
「元気よ。あの子もここで働いておりますわ。しょっちゅう見かけているはずだと思うのだけれど? いつから書類整理室を訪ねるのが沽券にかかわるほどお偉くなられましたの、サミュエル?」
ナルシッサは苦々しい気持ちをこらえながら返答した。
「ああ、書類整理室ね」
サミュエルはきまり悪そうにつぶやいた。何人かの同僚が気遣わしげに眉をひそめてサミュエルを見上げていた。なぜなら、彼らもサミュエルのことを、何年もにわたって受け付け係を勤め上げてきたものと思い込んでいたからだ。
「ええ、そうですな、奥様。で、ご用向きは?」
ナルシッサは憂鬱そうな微笑に唇をゆがめた。
「付添婦に来てもらったほうがいいのではないかとドラコが言いますの」
「付添婦とな?」
サミュエルは声を上げた。
「おやまあ、かれこれ何ヶ月も、申し込みにいらっしゃるのを待っておりましたよ!」
「あら、そうなの?」
ナルシッサは噛み付くように返答した。
「言っておきますけれど、マルフォイ一族は影で誰かにあれこれとおせっかいを焼いていただかずとも、充分にやっていけますわ」
「申し訳ない」
サミュエルは口ごもった。
「悪気があって言ったのではございませんのです。応募が次々と何十人も来ておりましてな。若い娘たちのなかには……ヴォルデモートが倒れてからこっち、人助けが魔法界の一員としての義務だと考えている者がたくさんいるのですよ」
今でもまだ、人々はいったん言葉を切って大きく息を吸ってからでなければ、かの名前を口にすることはできないのだった。
ナルシッサはテーブルの上にぴしゃりと手をついて、申し込み用紙をぐいとたぐりよせた。その動作は、言葉よりも雄弁だった。
「責任感の強い娘にしてくださいまし」
彼女は、威嚇するように言った。
「それに若い娘でなければ! 小うるさい婆さんは要らないわ! 生きのいい娘がいい。そう、生きのいい……」
ぶつぶつつぶやきながら、用紙に記入をする。
「ええ、ほぼ全員が若い優秀なお嬢さんがたばかりですとも」
サミュエルは説明した。
「それは大げさじゃなくて?」
ナルシッサはけんか腰で言った。
「どんな教育を受けた娘たちなの? みんな魔法学校を卒業しているのでしょうね? 信頼できる血筋の者でなければ。マルフォイ家の敷地内に穢れた血の者が入ってくることを許すつもりはありませんよ」
サミュエルの顔が赤くなった。
「奥様、ご心配なく。わたしどもが紹介する女性たちはみな、ちゃんとした教育を受けておりますよ。えーと、順番待ちの名簿にお名前を載せておきますから……」
「よくもまあ、このわたくしに順番待ちをさせるなどと。いくら待ったって誰もやって来やしないでしょうよ。いいこと、今晩までに誰かひとり、うちの屋敷の玄関によこしてくださいな!」
「こ、今晩ですか、奥様?」
その瞬間のサミュエルはまるで、発作を起こした病人にも見えるほどに落ち着きをなくしていた。
「それはちょいとばかり気が早いというものではございませんかな?」
「魔法省は今でもルシウスが退職した当時と同じくらい有能だと思うのだけれど?」
「おお、それはもう、そうですとも。えーと、もちろんあのお方がいらっしゃらなくなったことは、わたしどもにとって大きな痛手でしたが……ああ、そう、よろしい、えーと……」
サミュエルは、どのような返事が一番よいだろうかと逡巡した。どんな返答なら辛辣なナルシッサの機嫌を損ねないですむのか、わかったものではなかった。
「きちんと運営されているのなら、今すぐにも派遣できる付添婦が待機しているはずですわね。でしたら、きっかり十七 時にわたくしが屋敷のドアを開けば、玄関に誰かがいるものと考えておきますよ」
ナルシッサは、さらに独り言のように求人条件に付け加えた。
「時間厳守。そう、まさにイギリス人の美徳ね」
「報告書をミスター・ポッターに提出しておきます、奥様」
なんとか言葉をしぼり出したサミュエルは、申し込み用紙をナルシッサから受け取って机の上の "提出物" の山の一番上にたたきつけるように置いた。そして顔を上げたが、すでにナルシッサは、黒いスカーフを背後にたなびかせて立ち去るところだった。
「ごきげんよう!」
情けない気分で、サミュエルはその背中にむかって呼びかけた。
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