2003/5/27

ドラコーディア 〜ドラゴンの心〜

Dracordia (by LittleMaggie)

Translation by Nessa F.

原文登録先:Fanfiction.net / ID : 1053481
分類:PG-13



第 1 章 亡霊

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 突然、まぶたの上にかすかな薄ぼんやりとしたオレンジ色の明るい光を感じた。すぐにそれはもう消え去っていたが、すでに意識は目覚めてしまっていた。今日もまた起きる時間になったと気付いて、ドラコはみじめな表情を顔に浮かべて目を開いた。最初は、目のくらむような光の正体がわからなかった。無用の光が入ってこないように、屋敷中をほぼ完全に閉めきってあったはずだからだ。この家は地下墓所よりも暗く、それはドラコの望むところだった。薄い灰色の目を上に向けると、部屋の窓が開いており、そよ風がカーテンを左右にたなびかせていた。そのせいでベッドの上に光がまだら状に差し込んでいたのだ。光の描く模様がふたたびベッドの上で踊った。カーテンが心地よい衣ずれの音をたてていた。


 はじめ、彼はその光景に心を洗われるような気がした。が、次の瞬間には強い力で現実に引き戻され、ベッドカバーを床に払い落とし血相を変えて窓に急いだ。あまりにもすごい勢いで窓を閉めたので、その音が軒から室内に響きわたった。ここ最近この家に取りついている、亡霊らしき影が通り過ぎてゆく瞬間が目に入るのではないかと、なかば恐れながら彼はぎこちなく戸口を見やった。


 頭を振りながらドラコは廊下に走り出て、高価なくすんだ赤色のペルシャ絨毯の上を突進した。突き当たりまで来ると、どっしりした樫材のドアの前に立つ。ドアの両側には、それぞれ肖像画がかかっていた。マルフォイ家の偉大なるふたりの祖先たちだ。その厳しい顔つきは彼自身の父親そして祖父にあまりにも似通っており、見るたびに感心せずにはおれなかった。ドラコはドアに貼り付いて耳をすませ、弱々しい呼吸の音を確認してほっとした。まだ咳込んだり、ぜいぜいと苦しそうに息をしたりはしていない。


 "幽霊" はこのまま寝かしておいていいだろう。かなり安堵して、ドラコは冷静なしかめ面で朝食のため階下に向かった。永遠の休息を得た人々が肖像画の中から向けてくる、何十組もの瞳孔の開いた目と視線を合わせないようにしながら。彼が下りている階段は、立派なものだった。光沢のある大理石と象牙を切り出したもので、手すりの玉飾りは各々、彼の腕にほんのかすかに浮いているそばかすでさえ映し出せるほど磨き上げられている。階段部分は近年あまり手入れされておらず、おびただしい量の蜘蛛の巣が張っていたが、それでもまだ非常に高級感のある、超然とした雰囲気がただよっていた。


 台所は対照的に、樫材のテーブルと四脚の椅子があるだけの、簡素な部屋だった。ぱりっとした白いテーブルクロスがかけられた上には透明な水が縁まで入った花瓶が置いてあったが、花は活けられていない。花はなくとも、さほど不都合はなかった。花瓶はそれでも輝いており、その反射光がテーブルの上に差して、どんな花々よりも豊かな彩りを添えていた。ここで彼は自分用にささやかな朝食を作り、その後しばらく考えてから、さらに母親の分も作ることにした。ナルシッサが、だぶついた古いバスローブをまとって髪をカーラーで巻き上げたまま、一族特有の冷笑を顔に浮かべて階段を下りてくるのは、時間の問題だった。


 オートミールを用意する呪文が終わりもしないうちに、ナルシッサが甲高い声とともに登場した。
「おはよう」
 ドラコはうなずくことで応えた。今朝は愛想よく会話をする余裕がない。仕事に遅刻してしまう。


 挨拶の代わりに、彼は淡々と言った。
「ぼくの部屋の窓が開いていた」


「あら、それは不注意だわね」
 ナルシッサは冷たく返して、テーブルの上にオートミールの器を乱暴に置き、自分で最後まで呪文を唱えた。


「開けたのはぼくじゃない」
 ナルシッサは息を吸い込んだ。頬に空気が入ると高い頬骨が強調されて非常に気難しい表情になった。


 数分間、返答はなかった。重苦しい沈黙の後、ようやくナルシッサは言った。
「馬鹿を言わないで。あなた部屋の空気を入れ替えようと思ったんでしょう。軽率な考えだわ」


 争うのが嫌で、ドラコは首をかしげて肩をすくめるに留めた。オートミールの最後の一口を片付けて立ち上がり、ナルシッサの頬にキスをした。
「仕事に行って来る」
 ナルシッサは大儀そうに視線をドラコに向けてから、ふたたびオートミールに目を落とした。考え事にふけっている間に、器の底のオートミールには茶色い膜が分厚く張っていた。


「ああ、気をつけてね」
 その声はうつろで、何ヶ月ものあいだ来る日も来る日も口にされつづけた言葉は、今となっては意味を失っていた。
「行ってらっしゃい」


 ナルシッサは食事に専念しはじめ、ドラコは家を出た。彼の仕事は、決して誉れ高いものではなかった。実のところ、ルシウスが魔法省で築いていた地位がなければ、ドラコは就職自体できていないかもしれなかった。仕事に就く機会がなかったわけではない。彼は主席で卒業していたし、六年生から七年生にかけて学業で好成績を収めていた。


 しかし、責任の重い仕事をするわけにはいかなかったのだ。丸一日を休んだり、白昼堂々と抜け出したりしても誰にも気付かれないような仕事でなければならなかった。ドラコは書類整理係だった。部屋の隅のがらくたを積み上げたカード台の横に座って、書類の束や物品を整理し、ほかの職員の受け取りボックスに仕分けするのだ。たとえば、ハリー・ポッターのボックスがある。弱冠十九歳にしてすでに幹部の一人であるポッターには、専用の郵便番号が必要なくらいたくさんの手紙が来る。その横にあるのは、薄い書類の束が入ったネビル・ロングボトムのボックス。彼の担当は、ヴォルデモートのせいで何らかの被害を受けたり行方不明になったりした人々への対応だ。ヴォルデモートが倒された後にはこういった書類が山ほどあったが、二年を経た今では、魔法省に救済措置を求める申し込みは、ひととおり支援を受けた後もまだ要求しつづけているような人々からのものだけになっていた。


 ドラコは苦々しく笑って、ひとつかみの書類をパラパラとめくり、"ボックス 24" に押し込んだ。ここで働く「立派な職業人」たちの一部が全身で発揮する才能と知性よりも、ドラコの小指分に相当する才能と知性のほうがよっぽど上だ。もちろん、決して手を離せないような仕事に就いたって、なんのいいこともない。必要なのは、シフトや労働時間で並外れて融通のきく仕事だった。屋敷に置いてきたひとの抜け殻には、今までの人生で費やしたすべてを合わせたよりもずっと多くの注意を払わねばならない。歯ぎしりして自らの不運を毎日のように呪いながら、それでもドラコ・マルフォイは誰より高いプライドを抱えて仕事を続けていた。誰かがちょっとした頼みごとをしにやってきても、彼は「ミスター」を付けて呼ばれなければ返事をしない。そしてたとえそのように呼びかけられても、ことさらに丁寧な口調で頼まれなければ相手のために何かをしてやることはないのだった。


 今更、彼を傷つけるものはもうこの世にはなかった。彼に衝撃やダメージを与えるものは、これ以上何もない。抜け殻と亡霊と幽霊のすべてに取りつかれた今となっては。